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2010年11月11日木曜日

つながり

 昨日、仕事を終えて、連日の深夜読書で寝不足もあり、身体は相当疲れてるはずだったにもかかわらず、1時間も黙々と走っていました。その一時間は何を考えていたのか、今になってろくすっぽも思い出せません。魂が抜ける一時間でした。(或いは、魂を入れ替えてた一時間とも言える?)

 だが、走った後にあのすっきりしたフレッシュな感じは私には言葉で言い表せないほどの気持ちよさをもたらしてくれていました。寝不足や疲れもどこかに吹っ飛んだみたい。走っていたときの酸欠感や、心臓の激しい鼓動、ふくらはぎが段々鉛のように重くなる感じ・・・これらがなければ、きっとあの後の気持ちよさは味わえなかったのでしょう。

 そもそも、どうして走りたいと思うようになったのか?

 読みたくもない新聞をいろいろな事情で2年間の契約をこの私がしました。

 しょうがなく読むしかありません。
 (日本語の新聞を読むのは苦ではありませんが、好んで読むものではなかったのです)

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 本日発売 Number DO 「ランニング特集」-----村上春樹 ランの哲学

 私は単に村上の言葉を読みたいと思って、(ま、もともと走るに対しては、好き?嫌い?と二択式で訊かれたら、好きなほうに入る)近くの本屋さんに駆けつけました。

 すっかりその「特集」に洗脳され、以前は気が向いたら走るといった形を改め、あれからペースを増して、週に平均20キロ~25キロ、2、3回分けて走るようになりました。一時間を走るとだいたい10キロと計算しています。(6年前に北京マラソン10キロコースに出場した時のライムとはそんなに変わっていないことにひそかに喜んでいます)

 「体を健康にすればするほど、自分自身の中にある不健康なものが、うまく出てくるんだと、僕は信じている。或いは、不健康な精神を抽出するためには、体は健康じゃなくちゃいけない、と。」 
 
 「もし忙しいからというだけで走るのをやめたら、間違いなく一生走れなくなってしまう。走り続けるための理由はほんの少ししかないけれど、走るのをやめるための理由なら大型トラックいっぱいぶんはあるからだ。僕にできるのは、その「ほんの少しの理由」をひとつひとつ大事に磨き続けることだけだ。暇をみつけては、せっせとくまなく磨き続けること。」
                     
                     『走ることについて語るときに僕の語ること』 村上春樹著

 私も、そう信じています。不健康な精神を抽出するためには、走り続けたい。そして、言い訳せずに、走るのも、勉強するのも、せっせとせっせとやり続けること。

 この本を図書館でリクエストして、手にしたときに・・・なんとも言えない嬉しさと楽しみが心の底から湧いてきたのを初めて体験しました。いま貪るように読んでいて、この至福な時間を味わえるのは、読みたくもない新聞のおかげでした。

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